子育て

どうして育児には「なぜ」と「あの時」と「涙」が多いのか分かった日

育児中のああすればよかった

育児中にワタシが怒るきっかけ

先日、3歳の娘と出かけた時のことです

エレベーターがない駅だったので、
「ベビーカーから降りて階段を登ろう」と娘に言いましたが、「嫌だ!」とぐずり始めました

「歩けない、抱っこ。」

これに私も、かたくなに歩くように言いました
すると泣いて余計にぐずり、娘もかたくなに「抱っこ!」と言い続けました

結局、家族みんなが嫌な気分の外出となってしまいました

 

あそこで私がスッと気持ちを切り替えて抱っこしていたら、もっと娘も私も気持ちをこじらせず外出を楽しめたのではないか

あの時、なぜ抱っこ出来なかったのか
なぜ、かたくなに歩くように言ったのか
なぜ、気持ちを切り替えられなかったのか
ただの私の意固地?

 

あの時、あの時、あの時
いくつものなぜ
繰り返し問いていました

 

明日からはこれを教訓にうまくやれるか、やっていこう
1つずつ、クリアしていこう、身にしてこう、
あの時の私を超えていこう

こんな気持ちになったあの日から数カ月後、これと全く同じ状況の親子を駅で見かけました

そして少し何か分かった気がしたのです



冷静になると見えてくる子供の気持ち

朝の通勤ラッシュの駅で見た親子のやり取り

「早くおいで!」「やだ、抱っこ!」
「歩きなさい!」「抱っこして!」
「抱っこしない!」「やだー!」

階段の途中で両手を広げて抱っこをせがむ女の子と、通勤中なのかスーツを着たお母さん

なぜかこんな風景を見ると、私はすぐに涙が出そうになります
この涙の理由が、自分でもいまいちよく分からなかったのですが・・・

そんな親子の横を通り、通り過ぎてもなお背中から聞こえる親子のやりとりを聞きながら、
涙がこぼれてこないようにして歩きました

 

この泣きたくなる気持ちってなんだ??

 

あの時の自分に重ねているから? お母さんの大変さが分かるから? あの時抱っこできなかった自分を反省しているから?

どれも違うようで、全部が当てはまる気もします

そして最近、もしかしたらこうかもしれないという答えを見つけました

それは、
抱っこして欲しい子供の気持ちが今なら分かるから

 

自分の時には、それが欠けていたと思います
怒っている気持ちを抑えるのに必死で、子供側の気持ちを感じにくくなっていたから

自分の気持ちの波に自身が飲まれないように、必死で気持ちをコントロールして、
子供の気持ちに想像を寄せることが出来なかったから

でも、客観的に他の親子を見た時には、子供側の気持ちを静かな心と愛だけの目(怒りが無い)で見ることができるからだと思います

だから切ないのだと思います

「そうだよね、抱っこしてほしいよね、でも頑張って一緒に歩こうよ」
そう穏やかに思えるから

そして、そう出来なかったから

 

つまり、心の深くでは、子供を泣かせずにああしてあげればよかった、と私自身がいつも思っているのだと思います
抱っこと言われた時に抱っこしてあげればよかった、と

でも、時間や気持ちに追われてそれが出来なかったから、
その「してあげればよかった」が自分でも気づかないうちにいっぱい募って、ふとした時に涙になって出てくるのかもしれない
そう思います

怒りたい気持ちを少し抑えて、子供の気持ちを少しでも想像できるようになったら、気持ちをこじらせずに済むかもしれません
ああすればよかった、と反省することが減るかもしれません

 

でもその自信がありません!(きっぱり)
きっとまた、怒るでしょう・・・
なので、怒った後に、子供にきちんと気持ちを聞くことにしました
それと同時に、「お母さんはあの時こう思っていたんだよ」と子供に伝えてみました

するとお互い冷静に、きちんと気持ちの答え合わせができるようになりました

 

そんなことに気づけたから、それだけでも前に進めたんだと思います
思うようにします

また怒ってしまっても、それに気づけた後のワタシは前とは少し違うかも、
そう自分を褒めて励まして、また頑張りやす!






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まーる
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育児で気持ちも体もズタボロに 寝不足と修行のような時間をなんとか乗り越え 自分のメンテナンスを少しずつ始めました やり始めたら楽しくて、こりゃもう止まりません 仕事も育児も家事もやる、自分メンテナンスも全部やる とにかく全部やってみる!がモットーです
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